研究室の歴史

 
 栄養化学研究室は本学設立2年目(昭和43年)に誕生した。浜尭夫が栄養学部教授として赴任され、玉木が一緒におともした。浜は薬学部を新設し、昭和48年に移動した。玉木は栄養化学研究室を引き継ぎ、昭和54年に教授に昇格し現在に至る。詳細については「創立十年の小史」、「神戸学院大学二十年史―栄養学部編別冊―」、「栄養学部三十年史」に記載されている。ここでは、最近十年について述べる。
 人事の移動については次の通りである。水谷尚美(昭和58年〜昭和61年)、溝田千鶴(昭和60年〜昭和63年)、菊川真理子(昭和61年〜平成6年)、金子正恵(昭和63年〜平成10年)、松田広一(平成7年〜現在)、堀川陽子(平成10年〜現在)。
 玉木七八は平成5年8月より2年間神戸学院大学附属図書館長を併任し、平成13年より学部長に就任した。
 坂田成子は平成2年9月「肝臓における細胞分化に関する研究」のため米国国立衛生研究所(NIH)に平成4年8月まで留学成果をあげて帰国した。平成5年に講師に昇格、平成11年に助教授に昇格した。
 紺谷靖英君は平成2年に南九州大学より神戸学院大学大学院修士課程に進学し、食品薬品総合研究科に進学した。平成12年、「β-アラニンアミノ基転移酵素分子種とその生理作用に関する研究」により学術博士が授与された。
 4年次に栄養化学研究室に配属された学生の内大学院に進学した者も多い。本学修士課程を中村允之、青山幸義、紺谷靖英、木村雅浩、松田健、山崎和博、坂本輝良、伊藤智、的場康治、大山朋子、久保田博和、立花英幸の諸氏が修了した。現在食品薬品総合研究科に大山朋子、栄養学研究科に植原大輔、奥村そのみ、岡野伊浩が在籍している。また、徳島大学大学院に進学した者も多い。池田建比古、横山千恵子、松田広一、西正人、坂口俊一、辻澤利行、秋岡浩、玉岡景介の諸君である。坂口俊一氏はその後、九州歯科大学に進学し、現在歯科医師として活躍している。横山千恵子氏は現在大阪の循環器病センター薬理部の室長として活躍している。その間の研究成果が認められ、日本生化学会奨励賞を受賞されたことは大変うれしいことである。
 最近の三十年間に生化学分野での研究方法に二度の大きな変革があった。一つ目は in vivo の実験から in vitro の移行すると同時に、酵素化学の分野が急速に発展し、解析方法が確立したことである。二つ目は、バイオテクノロジーの分野が開拓され、酵素を含む蛋白質のアミノ酸配列の決定のみならず、遺伝子の形質発現の調節に関する研究が可能になったことである。栄養化学研究室としては一つ目の課題を玉木がドイツのマックスプランク研究所に留学(昭和48年〜昭和50年)したことにより克服できたと思っている。二つ目の課題は坂田のNIH留学に加え、松田が徳島大学大学院で医学博士を取得して帰学してくれたことにより解決ている。遺伝子レベルの研究での成果の蓄積に著しいものがある。
 毎年夏休みに教室旅行を行い、互いの親睦を深めている。最近、4年次生の夏休みは管理栄養士、臨床検査技師、衛生検査技師の資格取得の為の学外実習単位が増加した。以前の様な時間的に余裕ある教室旅行が不可能となった。それでも修士課程一年次生が幹事となり年数回のコンパを行っている。

最近の研究成果

 ピリミジン塩基はジヒドロピリミジンデヒドロゲナーゼ、ジヒドロピリミジナーゼ、bーウレイドプロピオナーゼにより b−アラニン、b−アミノイソ酪酸に分解される。両アミノ酸はそのまま尿中に排泄されるとか、代謝は不明であるとした教科書が多い。詳細に研究した結果、両者はミトコンドリアへ取り込まれた後、b−アラニンアミノ基転移酵素I(b-AlaAT I)もしくは b−アラニンアミノ基転移酵素 II (b-AlaAT II)によりアミノ基転移を受けた後、最終的に、炭酸ガスと水に分解される。大略は図1に示した通りである。

ピリミジン代謝経路
上記、五つの酵素をラット肝臓から単一に精製し、それぞれの酵素の化学的、物理的性質を検討し、発表した。
ジヒドロピリミジナーゼに関する研究をしていた際の逸話を記す。ジヒドロピリミジナーゼは活性発現に亜鉛を必須とする。また、精製酵素はサブユニットあたり1分子の亜鉛を含む。亜鉛欠乏にすると本酵素活性に変化が生ずるのではないかと考え、亜鉛欠乏食をラットに投与した。9月卒業予定の野村彰一君がいた。規則的な学生生活が彼に必要でないかと思った(失礼)。彼に毎日の食餌摂取量と体重変化量を測定してもらった。28日間のグラフ用紙上のデーターを見るとバラツキが大きい。失礼ながら、「正確に測定しているのか?」との問に、「勿論ですよ。」の答え。一匹づつ色鉛筆で書き直してもらうと規則正しい変化をするでないか。コサインカーブが書けるかなと考えていると、トイレ帰りに公衆衛生の小野坂先生が立ち寄った。コーヒーを飲みながら興味深げに、「パソコンで解析できますよ。プログラムを組んでみましょうか?」と親切な言葉。その結果が図2になった。
図2
更に、大阪大学の大型コンピューターで詳細に検討した結果も小野坂先生の結果とピタリと一致(おみそれしました)。栄養学関係のイギリスの学術雑誌、 Brit. J. Nutr. に共同研究として発表した次第である。医者が患者の脈と体温を毎日測ると同様、動物実験は食餌摂取量と体重を測定することがいかに大切か思い知った次第である。この現象の惹起因子について、いまだ検討中である。

科目から見た栄養学

公衆栄養から見た栄養学

公衆栄養は集団・地域あるいは国家といった視点での栄養政策、栄養活動などを総括したものと考えられている。また公衆栄養を定義すれば、通常は個人又は集団の健康を維持・向上するために必要な栄養活動を計画し、実施することとされている。
わが国の主要死因は昭和20年代の結核をはじめとする伝染病に代って、最近では悪性新生物(がん)、心疾患、脳血管疾患、糖尿病などの成人病が64%を占める。すなわち3人に二人が成人病による死亡となっている。成人病予防には1次予防と2次予防の2段がまえの予防策があり、1次予防は成人病を招くような悪い食生活、運動不足、喫煙、飲酒などの生活習慣を改め成人病にかからないようにすることである。2次予防とは成人病を早期に発見し、早期に治療することであり、1次予防の重要性がうかがえる。
以上が教科書からの抜粋であり公衆栄養は国民の健康を栄養の面から考える学問領域と要約できる。日本人は男女共世界一の長寿国である。この原因の一つとして日本人の栄養摂取量が諸外国に比し良好なことである。典型的な日本型食生活は無いが、日本人は和食、洋食、中華料理を食する。概して、日本型食生活は、1、摂取カロリー2、栄養成分比率3、蛋白の比率、が適当とされて来た。
しかし、問題点も多い。平成3年に行われた国民栄養調査によると、カルシウムの摂取量は栄養所要量に10%不足である。日本人の食生活を考えると、不足を補うには工夫が必要である。エネルギー摂取量に占める脂質エネルギー比率は適性範囲の上限25%を越え28、5%になる。また一日当りの食塩摂取量は12、2gと目標摂取量10gを上回っている。個人レベルに問題を移すと以下の課題が考えられる。1、消費エネルギーの減少2、過度の加工食品依存3、外食の増加傾向4、弧食化5、夜型生活リズム6、老年期の栄養問題7、疫病構造の変化8、食物アレルギー。
特に、日本人の老年期の栄養問題は深刻で、現在、急速な老齢化が進行中である。また寝たきりのお年寄りが130万人を越え介護なしでは食事は不可能である。単に栄養素の問題だけでなく、いかに食べていただくか、行政を含め、国民全体が取り組まなければならない重要な問題である。我々日本人がかって経験したことのない問題であるが故に。

生化学から見た栄養学

生化学は英語のバイオケミストリーの直訳である。生化学は生物化学(バイオロジカルケミストリー)とも言われ、生物を取り扱う学問領域、栄養学部、医学部、歯学部、薬学部、理学部、農学部、工学部に共通の基礎学問である。しかしながら、本学栄養学部は将来管理栄養士、臨床検査技師の資格を取得する学生を養成することから、一般に言う生化学よりむしろ生理化学、医化学という人体に重点を置いた生化学を教育している。
内容だが生体物質の化学、代謝を学んだ上、器官の生化学、遺伝生化学と総合的な学問へと展開する。この十年間、急激に進歩した分野を取り上げるなら、エネルギー代謝と遺伝生化学だ。エネルギー代謝ではATPの産生機構だ。生体の利用可能なエネルギーの形はATPであると何度も定期考査に出題した。しかし、ミトコンドリアでどのようにしてATPが作られるかは具体的でなかった。最近、電子伝達系でのATP産生がプロトンの移動によることが確立されて以来、授業を容易にした。次に、遺伝生化学の分野であるが、進歩はめざましい。教科書の改定毎に頁数の増加が著しい。ダイエタリーインダクションは概念でなく遺伝子の発現レベルで具体的な説明が可能になった。この様に栄養素が遺伝子の形質発現を制御する例が多数報告される様になり、「栄養情報」なる新語が出現した。免疫の分野も遺伝子を絡め、栄養素による調節が具体例を提示し講義出来る時代も近い。

研究室分野のトピックス

T. M. Rains and N. P. Stay : Zinc states specifically changes preferences for carbohydrate and protein in rats selecting from separate carbohydrate-, protein-, and fat-containing diets. J. Nutr., 125, 2874-2879, 1995.

炭水化物食、蛋白食、脂質食の選択実験から、ラットは体内の亜鉛状態により炭水化物をいやがったり蛋白質を好んだりする

亜鉛はヒトを含め動物の必須金属である。アメリカ、イギリス、イタリア、カナダ、オーストラリア等では一人一日当りの栄養所要量が提示されている。日本では通常の食事からは欠乏症が認められないので所要量、目標摂取量共に示されていない。
亜鉛が欠乏すると食欲不振に加え、体重減少、禿頭病、毛の脱毛、手足の皮膚病等が良く知られている。ラットを亜鉛欠乏食と亜鉛を含む普通食で飼育した場合の食餌摂取量と体重変化量を28日間観察した。亜鉛欠乏群は亜鉛を除いた塩混合とビタミンを含む,A、炭水化物食B、蛋白質食C、脂肪食の三つの器を飼育箱に入れた。対照食として亜鉛を含む塩混合にビタミンを加え、a、炭水化物食b、蛋白質食c、脂肪食の三つの器を同様対照群の飼育箱に入れておいた。連日、亜鉛欠乏食ラット、対照食ラットのA〜C,a〜cそれぞれの器の食餌摂取量を記録した。Bとb、Cとcは差が認められないが、Aはaの半分しか摂取していなかった。亜鉛欠乏群の体重は対照群に比し有意な減少を認めた。28日後、亜鉛欠乏群の食餌に亜鉛を添加し5日間観察した。亜鉛欠乏群の体重は急激に増加し対照群に近づいた。食餌摂取量は総量で両者に差が認められない。しかし、内容に変化が認められた。すなわち、亜鉛欠乏だったラットを対照食に切り換えると、蛋白質食餌が対照群の2倍に増加したが、炭水化物食、脂肪食の摂取量に差が認められなかった。
以上の結果から次のことが判明した。亜鉛欠乏になると蛋白食と脂肪食は同量食べるが炭水化物の摂取が半減する。亜鉛欠乏食から普通食に切り換えると直後2、3日間蛋白質摂取の嗜好性が高まる。亜鉛を介する中枢神経系の栄養摂取嗜好性に変化が生じているのかも知れない。